21年間のニヒル

お母さん、私はお母さんのお陰で、何不自由無く暮らしています。五体満足、豊満な胸に、ある程度褒められる容姿に育ちました。けれどお母さん、私には何かが欠けているのです。

それはとても慢性的でした。私はお母さんによく躾けてもらったので、誰かに虐められることもなく、閉鎖的なグループに閉じ籠るわけでもなく、万人に愛されました。プリクラ帳を男子に見られたとき、「ななみは誰と一番仲良いの!?」と驚かれた程です。そして私は、よく放課後に図書館に篭り、沢山の図書を読み漁りました。たまにパズルで遊んだりして、見回りの先生に「帰りなさい」と言われるまで篭りました。ねぇお母さん、そんな私が何故、定期的に机に「死ね」と書かれたり、自由研究を隠されたりしたのでしょう。

それは私が私を虐めていたからです。思えばきっとそのときから、慢性的に心にしこりができたのだと思います。「すごくおしっこがしたくなるのに、それは本当なのに、トイレに行ったらおしっこが出ないの」と先生に相談したとき、私は本当はそんなこと微塵も感じていませんでした。笑顔よりも困った顔の方が、私を満たしたのでしょう。

私は「誰かの期待に一番に応えたい」と思う女の子でした。それはお母さんがとてもよく知っていると思います。「いい子だね」と言われるのが嬉しかった。でも「足りない」なんて言えなかった。お母さんが一生懸命私を育ててくれていることはきちんと理解していたからです。きっと違う形で気付いてもらいたかった。

お母さん、私はね、きっと、思春期の間中ずーっと、否定されていたんだよ。感情を。心が未発達の、とても窮屈で可哀想な女の子になりました。いつしか全て諦めに変わって、「みんな自分の言う通りに私をコントロールしたいだけなんだ。」と考えるようになりました。小さい頃からずっと、自分の意思ではなく相手の望む正解を唱えるようになりました。それはお母さんだけでなく、周りの人全員に。大人はみんな、「育成」という言葉に酔っているだけなんじゃないですか。

とてもありきたりで、よくあるお話です。社会に出て、とてもおじょうずに生きていけるようになりました。社会は諦めでできています。大人になって諦めを覚え、私は私を諦めることでとてもおじょうずに生きていけるようになりました。

私は慢性的に嘘をつきます。おかげで、私は私が想われたい人間のほとんどにちゃんと愛されるおじょうずな女の子になりました。欲しいものは手に入ります。でも、なんだかもう、何もいらないのです。

ねぇお母さん、あなたは正しい人間だから、きっとこの文章を読んでも憤りしか感じないでしょう。「そんなものは言い訳にはならない」と。わかります。そしてそれが「正しさ」です。こんなの、言い訳になんかならない。だってお母さんの方が、ずっとずっと頑張ってきたから。

ねぇお母さん、お母さんは鬱病になっちゃったね。職場トラブルが原因で。とても大きなショックを受けたと思います。ねぇお母さん、とても大きな事故に巻き込まれて、とても大きな怪我をした人は、みんなに心配されて、とても羨ましいな。でも、毎日軽く転んで毎日軽い擦り傷程度の怪我をする人は、あんまり心配されないね。どれだけ本人が辟易していても、どれだけその傷が膿んできても、「所詮擦り傷程度でしょう」と言われ続ける私のこの痛みに、誰がバンソーコーを貼ってくれるのですか。何故か背中にばかり擦り傷を負うのです。自分じゃ上手く貼ってやれなくて、とても苛々して、落胆してしまいます。

いっそ不幸になってしまいたかった。こんなに幸せに育ててもらったのに、幸せがとても窮屈です。環境は幸せなのに、私の中はとても不幸なのです。いや、もしかしたら、本当は幸せはこんなもんなのでしょうか。とても窮屈で、ただただ輪郭があるだけの、諦めと我慢が生むとても不幸なモノが幸せというのでしょうか。ねぇお母さん、正しいあなたが教えてくれた幸せがこんなものなら、信じる他ないのかもしれません。

お母さん、私はあなたを否定するつもりは毛頭ありません。あなたばかりを呼んでいますが、あなたにばかり傷付けられたわけではありません。私は、あなたをとても正しい人間だと思います。私は、あなたに感謝するべきなのです。私は、周りの人間に、とても恵まれている。そう教えてくれたのも、あなたです。私の両親も、周囲の人々も、みんな正しかった。私が少し背いてしまっただけなのです。私の諦めが足りなかっただけなのです。お母さん、私はあなたを傷付けたくはありません。自殺などして、あなたが社会から断絶されることは望んでいません。けれど消えて亡くなりたいのです。どうすればいいのですか。どうすればこの矛盾は解決するのですか。

ねぇお母さん、私はもう自分をコントロールできません。そんな元気さえなくなってしまいました。ねぇお母さん、いつか、私も正しい人間になれるかな。ねぇお母さん、私の擦り傷治るかな。ねぇお母さん、治らないなら、私も、とっても派手な傷、欲しいな。